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強い欲求が奇跡を起こした プロゴルファー:ベン・ホーガン(1912-1997)

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 ベン・ホーガンは、とても資金的に乏しい状態で、プロゴルファーとして出発しました。
 食べるものも切り詰め、安宿に泊まりながら、ツアーに参加して、実力をつけていきました。
 そして、ようやく絶頂に達した頃のことです。

 次のトーナメントの会場となるコースを目指して、彼は奥さんのバレリーを助手席に乗せて、暗い夜道を急いでいたのですが、その日はとても霧が深く、見通しの悪い日でした。カーブを曲がろうとしたベンは、大きなバスのヘッドライトがすぐ目の前に迫ってきているのに気づいたのです。
 バスは、ベンの車に向かって突進してきます。
 避けている暇などありませんでした。彼はとっさに奥さんの身体の上に覆いかぶさりました。そのために、彼とバレリーは重傷を負ったのですが、なんとか一命を取り留めることができたのです。

 彼の車のハンドルは衝突のショックで、運転席のシートにめり込むほどだったのですから、もしそうしなかったら、より悲惨なことになっていたでしょう。
 そして、二人は同じ病院に入院しました。
 その病院には何人もの医師がいたのですが、彼らのベンの怪我についての見立ては、完全に一致していたのです。

 「ベンは非常に運がいい人だ。まもなくベッドから出られるだろう。しかし……、彼は二度と歩くことはできないだろう」
 これが何を意味しているかは、おわかりですね。そうです。ゴルフなど論外です。
 
 しかし、医師たちは、ベンの持っている鋼鉄のような意思、強烈な意欲、そして際立った欲求を考慮に入れていなかったのです。
 ベンは、ベッドに横たわっているときもゴルフクラブを握りしめていました。クラブの感触を確かめたり、グリーンを思い浮かべたりしていたのです。
 少し症状が落ち着いてくると、彼はさっそく手を強くするための練習を始めました。
 そして、すぐに歩く練習に取り掛かったのです。ステッキと松葉杖にすがって、何回も失敗しながら、あきらめずに繰り返しました。そして、僅かずつ、動くことができるようになったのです。

 そうすると彼は、病室に練習用のカップを持ってこさせて、パッティングの練習を始め、入院生活から解放されると、松葉杖をついたままの姿でコースに出かけたのです。
 彼はクラブを握りしめると、何回も何回も何回もスウィングしました。そして、何カ月もそれを続けるうちに、力を失っていた彼の手足は、次第に強くなっていったのです。

 それからの彼の活躍は、歴史的といえます。
 事故の11カ月後にはトーナメントに復活し、なんと2位の成績を上げたのです。その5カ月後には全米オープン優勝。
 19歳から始めたプロゴルファー人生において、彼は64回のトーナメント優勝、5回の賞金王に輝き、1974年には世界ゴルフ殿堂入りを果たしました。

 確かに、彼には才能がありました。でも、彼以上の才能の持ち主は珍しくありません。また、才能の有無以前に、彼は医師から「歩けない」と言われたのです。

 では、なぜ、彼はこのような結果を残すことができたのでしょうか。
 彼は、誰よりも秀でた『やろう』とする強い意欲を持っていました。彼以上に意欲を持っている人を探すことは難しいでしょう。
 ベン・ホーガンはその意味で、普通のゴルファーではなかったのです。

強い意志を持つプロゴルファー ベン・ホーガン

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