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Courage does not always roar -勇気は常に鼓舞されるわけじゃない-

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photo by MrJamesAckerley

2019.6.18
From マックス桐島

勇気と絶望は隣り合わせ

ハリウッド映画界は、ビジネス界でも稀な弱肉強食。実力と底力、そして運命を手繰り寄せる勇気を持った人だけがビジョンをかなえる「夢舞台」です。今まで数々の勇気ある決断、アクション、励ましなどを目の当たりにしてきた僕にとって、今回の記事のタイトルはピンチに立ったときの救いの神ならぬ、救いの信念でもありました。

プロジェクトが挫折したとき、キャリアスランプに陥ったとき、そして、最愛の女性を看取ったとき。勇気を奮い起こすことなど到底無理と思われる心情にこの言葉が痛烈に響き渡り、勇気と絶望は隣り合わせだということに気づきました。

「勇気ある人物だったら、ここでこんな言動をするだろうか?」
「今自分が抱いている感情は、勇気に基づいたものだろうか?」

そう考えたとき、答えが「ノー」であるなら、即座に「勇気を鼓舞する行動と言葉」を発信する人に変貌すること。それこそが、絶望の淵から自らを救い上げ、勇気に導かれた新たな門出へと誘ってくれるきっかけなのです。

僕だけでなく、夢を実現させたハリウッド人の多くが声を大にして発するメッセージがあります。


「最初から勇気ある人なんていない。勇気を絞り出せる人が勇気ある人!」


その日のうちに結果や結論が出なくても、思い通りの展開にならなくても、「また明日やってみよう!」という心意気が、自分の魂の中に知らず知らずのうちに勇気の種を栽培、培養してくれるのだと思います。

人生は、失うこと、できないこと、思い通りにいかないことの連続です。そんなときに、そこで「もういいや」と言うか、「また明日トライしよう!」と言えるかで、勇気ある生きざまとなるか否かが決まるといっても過言ではないでしょう。

本物の勇者

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photo by Victor Bezrukov


僕の心に残るエピソードがあります。

映画業界の友人の女性が40歳でがん宣告を受けました。キャリアも私生活も絶好調な最中のできごと。評判のいい映画を連発し、ロケ地や映画祭に飛び回っていた際、ホテルで食事中に今まで経験したことのないような腹痛を感じました。病院で検査した結果腎臓がんと診断され、即座に入院して抗がん剤治療を始めることになりました。

身も心も浸食されながらの闘病生活の中で、血液検査やCT検査の結果が思わしくないときでさえも、彼女は「Well, we’ll try again tomorrow!(さっ、また明日やってみましょうよ!)」と、撮影セットでよく聞いた言葉を笑顔で言い続けました。

年齢が若かったこともあり、半年後に彼女は旅立ちましたが、看病した家族や僕たち友人は、彼女の勇気ある行動や姿勢に「自分たちが勇気づけられた」と語り合いました。

彼女の最後の日記には、こう書いてあったそうです。

「がんを患ったことに、悔み、恨みはない。かえって、こんな状況で、勇気ある人だったらどのように毎日を過ごすのだろうか? という答えを探すいい経験になった。勇気に縁のない空間で、それを探し続けるのは大変だけど……」

人が見ている中での勇気、大勢で一緒に動く勇気、そして、気分がいいときに勇気を出すことは、比較的簡単です。“勇気を鼓舞することなどあり得ない次元”で、あえてCourageous Act(勇気ある行動)のできる人、そういう人が本物の“勇者”であり、「勇ましい」という表現は、勇猛果敢になにかに立ち向かうことだけでなく、自分の中の静かな声に耳を傾けて、“絶望感と隣り合わせで勇気を鼓舞し続けること”を指すのではないでしょうか。

「いつ、どこで果てても良しとする人生」を生きるのは至難の業ですが、それが「勇気ある生きざま」への最短距離なのだということを、僕は一人の勇気ある女性から教わったのでした。

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